旭川鉄道管理局 名寄機関区 |
1974/04/01 名寄機関区 39628,DE151 扉付きで丸い番号表示が特徴的なラウンドハウス。 1974年3月31日、旅館代りの寝台急行利尻(318レ、DD51牽引、1号車、オハネ16503)を深夜の2時45分に旭川で降り、6時25分発の急行礼文(311D、1号車、キハ56130)で折り返して4月1日の7時39分に名寄へ到着。 丸々一日を名寄界隈で過ごし、駅に隣接する機関区を訪問した。 当時の名寄は南北に宗谷本線、西には深名線、東には名寄本線が伸びて、道北のクロッシングを形成していた。 名寄機関区は中規模な機関区で、主な施設はターンテーブル、ラウンドハウスと小型の給炭搭。 担当路線は全路線で宗谷本線の名寄以北にはD51、その他は9600が充当された。 氷雨が降りしきる厳しい寒さの悪天候なので最初はがっかりしたが、寒さと湿度のせいで発車時のドレンと煙は素晴らしく、蒸気機関車らしさを十分に満喫できた。 名寄機関区は廃止、深名線と名寄本線は廃線となり、現在はJR北海道 宗谷北線運輸営業所として気動車が配置されている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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氷雨が降りしきり寒くて湿度が高いため、ラウンドハウスの天井に充満する煙は、まるで雲のようになっている。
D51の吐くドレンが排気煙突に吸い込まれていく流れも、はっきりと写っていた。 1974/04/01 名寄機関区 D51560 |
給炭タワー専用のクレーンは設置されていなくて、専用らしい古風なクレーン車で石炭を積んでいる。
給水用のパイプが左右対照に配置され、面白い構図が作られていた。 1974/04/01 名寄機関区 クレーン車 |