門司鉄道管理局 後藤寺機関区 |
1973/03/30 後藤寺機関区 49605,29602,49679,49618 構内は9600の天下、なぜかターンテーブルの写真はない 1973年3月30日、宿泊していた新飯塚から7時38分発の普通列車(2525D)に乗り、8時5分に後藤寺線の後藤寺へ到着。 駅に隣接する後藤寺機関区を訪問した。 後藤寺機関区は小規模な機関区で、施設は小型の機関庫と給炭塔。 担当路線は後藤寺線と糸田線で9600が充当されていた。 後藤寺は北九州の炭坑地帯の中心部で、西に後藤寺線、北に糸田線、北東から南に日田彦山線が通っていた。 このため、9600の牽く石炭列車が絶え間なく走っていて重連、後補機にバック運転となんでも有りだった。 後藤寺機関区は廃止され、糸田線は平成筑豊鉄道の糸田線となっている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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後藤寺機関区は9600の牙城で、構内にいるのは廃車のC5519を除き9600のみだった。
入換えやバック運転が多くスピードが遅いためか、本線を走るのにデフレクタは無いのが特徴。 化粧煙突や形式入りナンバーブレートなど原型に近いものが多かったが、この69686はパイプ煙突に換装されていた。 1973/03/30 後藤寺機関区 69686 |
半端に庫内に入っている29608、入出庫が頻繁なためか?排煙装置の位置は無視されている。
昼間で明るいのにもかかわらず照明が点灯、庫内にはうっすらと煙がこもっていた。 1973/03/30 後藤寺機関区 29608 |